第 11 回 ナツミ
この学校でわたしは珍獣だ。遠巻きにみんなが、指差すようにわたしを見ていく。
ある日サトルがわたしの席に来た。知らない顔だ。
「友達がおまえのことが気に入ったって言うけど、なんか感想ある?」
感想など、あるはずがない。
どうせ、罰ゲームかなんかだ。肝だめしか。わたしは、お墓か。ちょっと笑える。
この学校に転入してきたのがデビュー後、なのもあるが、
同級生が、最近テレビに出始めてさ、ではなく↓
テレビに出始めたコが、なんか同級生にいてさ、という理解。我が校の、名物。
中には、ふつうに付き合おうと試みてくれる人たちもいるが、
「異物扱いはいけない」という動機が、異物感だ。
まあいいのだ。見られるほうがラクだ。何もしなくていいから。
見たい、知りたい、の気持ちのほうが、疲れる。
でも、サトルという男子に「実は、自分のことだったりするの?」
と唇をゆがめて見せたのは、なぜだったんだろう?
嫌味としても、センスが悪すぎる。サトルは「オレはいいよ、ゲイだから」
それでたぶん、救ってくれた。恥ずかしい。
かわいげ、というものが、わたしの想像どおりのものならば、わたしには見事にない。
欲がないからだと思う。
I want you to~.のwantってことだ。他人にこうして欲しい、がない。
甘えたり、媚びたりする必要がない。
I want to~.もない。
これやりたい!
もないから、夢を披露して「かわいげ」を振りまくチャンスもない。
わたしは~する、だけだ。
何を考えてるのかわからないと、よく言われる。もちろん責め言葉。
だれも傷つけてないのに、
みんな、自分の居場所が用意されてないと知ると、被害者であるかのようにふるまう。
それって勝手すぎない?
と思うあたりが、まったくかわいげがない。ごめんなさい。もうあきらめて。
こころの中の、他人の居場所をよく空想する。
それは部屋で、そこに人がいないと、さみしいって思う、そんな部屋。
小さければ、人はそんな入れないし、入れる必要もないし、
大きければ、たくさんの人が必要となってくる。
マネージャーはバカでかい部屋の持ち主らしく、
すきまなく人(悪い人が多い)で満たされないと、さみしいと騒ぐ。
わたしは、小部屋だ。他人には窮屈なくらい。
だから、そこにだれもいなくても、さみしくはない。慣れた。
無理やり入ってくる人もいる。わたしは速攻で、
腐ったものを間違えて食べたときのように、小部屋から吐き出す。
こんな、こころの暗闇(中学の担任の言葉)の原因を、
多感な時期にわたしを捨てた父親だと、納得する人は多い。
何を考えているのかわからない、
と責める人より気持ちがこっちに迫ってくるぶん、厄介。
たぶん生まれつきそうなのだ。父親のせいではない。
だいいち、人のせいにするだけで、疲れる。
学校帰りの電車の中で、サトルと出くわした。
乗る前に気がついてたら別のトビラに逃げられたのに、
気がついたときには、隣の吊り革に彼がぶら下がっていた。
わたし「このあいだの件」サトル「もういいよ、頼まれごとは、済んだから」
そう、もちろんどうでもいい。
重大なのは、わたしがサトルに話しかけてしまったこと。
しょうがないから、つぎはオレ聞くね、って感じで「仕事?」
巨乳アイドル、見た?芸能人に口説かれたりするの?
的な質問が続かないことを祈りながら「そう」とだけ答えた。
サトルは「オレも」と答えて、iPodを耳に再び、突っ込んだ。
巨乳アイドルの話を切り出したいくらい、そっけない。
わたし「その友達はいいの?」
サトル「友達じゃないし。でもあれくらいで友達ってことにしないと、友達いないか」
「しかも、あの日のこと、オレの気持ちだし」と笑う。
わたしは、耳まで真っ赤になる。なんて意地悪。
「ゲイなのに?」精一杯のリターン。
「んなワケないじゃん」「そうだよね」相槌なんて打ったの、いつ以来だろう?
「でも、それで済めば、ラクだな。興味なけりゃ、
断ってりゃいいだけだし。気持ちとか、出さなくてもいいし」
彼の部屋も小さいのかもしれない。
そしてそこには、いま、だれがいるのだろう?その日はそれで別れた。
それから3度、偶然のように、駅で会った。
(偶然ではなく、偶然をよそおってくれてたのなら)
ある日、わたしは怒りで発狂していた。
わたしは南米から輸入された珍獣ではない。17歳の女子高生だ。
友達(って呼んどかないと)のクラスメイトが、昼休みにミクシィにはまっていた。
わたしの名前(本名=芸名。2つはいらない)
で「コミュニティ」を探してみようと言う。ここで止めておくべきだった。
「あった、あった」2つあった。
ひとつは罪のないファンサイトだったのだが、
もうひとつは、彼女、「見ないほうがいいよ」
そういうわけにもいかない。
「勝手にナツミ日記」そこでは、毎日のわたしが監視されていた。
トイレに入った。8分後出て来た。昼に何食べてた。
漢字の小テストが、クラスで下から8番目。下着が透けていた。
延々と書き込みが、わたしを監視できる8人の男女によってなされ、
正体の知れない38人が参加していた。
怒るというのは、他人に対する興味の変形だと思っていた。
だからわたしには無縁のものだと思っていた。
どうやら、怒りという感情は、それ単独で成り立つ。
なるほど。勉強になった。ありがとう。許さない。ふざけるな。
わたしは、その場に名を連ねている一人ひとりに、メッセージを送った。
「直接話したい。明日一日中、席にいる」
午前中はだれも来なかった。
ほんとうに来たらどうしよう?と思いながら、お昼も食べないで、座り続けていた。
昼休みの終わるころ、サトルが不意に現れた。
わたしを救助に来てくれたのだと、感じた。
なのに同時に、わたしは最悪の想像をした。
サトルが、「コミュニティ」管理人の、つまり首謀者の「オッピ」だ。
急にわたしに近づいてきた。平気で、結界を踏み越えるように。
ゲームなら、参加者は勇気に拍手するだろう。
わたしはサトルのために、
こころの部屋のドアを開けようとしてたことに、こんなところで気がついた。裏切り者。
3秒が、1時間にも思えた。サトルは、そ知らぬ顔で(あたりまえだ)口を開く。
「ミクシィって、何だ?」
わたしの小さな部屋の中には、すでにサトルがいた。
それを思い出したとたん、戸惑うくらい、涙が出て来た。
観測史上、最大の豪雨。わたしは、ためらいもなくサトルに抱きついた。
白いシャツがわたしの涙で、透けていった。
みんなが見ている。写メもどうぞ。わたしは珍獣だ。
でも、この人に、わたしのこころの部屋に、いつもいて欲しい。
でも、わたしが、この人の小さな部屋にいるかどうか、まだわからない。
I want to~ , please.お願い。
ミサコさんは、風呂に入っている。シンジはもう寝ている。
兄貴がミサコさんとシンジを残して逝っちゃってから、3年。
オレが15歳から18歳までの3年間。正直、苦しかった。