コトバのコトバ

ボクキキⅢアユ編1:地味めの人。

「ごめんなさい、わたしで」

いきなりの声に、おどろいてあたりを見まわした。
いつも立ち寄る本屋さんのレジ。

ぼくはいまちょうど、本を買おうとしているところ。
ふつうなら無意識のうちに過ぎていく時間が、とつぜんの不思議な一言でポーズがかかったみたいだ。

声の主は、どうやら、目の前の店員さん。
見覚えないけど、レジの中にいるのだから、制服を着ているのだから、店員なんだろう。

黒縁めがねの女の人。ぼくより2、3コ上かなあ。
この店の店員さんは、そっかあ女性だったんだ、って初めて気づくくらい、ふだんの印象がない。

たぶん、昭和にできたそのままで、蛍光灯がうす暗くて(節電のためか、半分はずしてある)セピアに沈んだ店内の、そのセピアに溶けこんで輪郭がぼんやりするくらい、地味な人。
カバーをはずした文庫本みたい・・・本屋さんだけに、、、ぷぷぷ。

「たとえばそのエロ雑誌」
ぼくが買おうと手に持っている「漫スリー浮気妻の仰天告白あなたごめんなさい11月号」を指差した。
ぼくはあわてて後ろ手に隠した、って意味なし。買おうとしてたくせに。

そうなんだ、駅前の書店のレジはかわいい大学生のアルバイトで、そこで「(略)漫妻」買うのははずかしいから、エロ関係に限ってここを利用することにしてたんだ。
でもこの人だって女性・・・たしかに失礼だよな。ごめんなさい。

でも彼女は、すべてを理解しているように、
「男の人たちが買いたいものを、何も気にしないで買える。お店の売り上げも、そのぶん上がる」
と微笑んで、
「わたしでよかったら、それでいいのです」と言った。

なんかいきなり許されちゃった。
ところで彼女の「ごめんなさい」とはなんだろう?

「ちょっと時間ありますか?いまから休憩なんです。ヒトミくんにとってたいせつなことだから、わたしでよかったら、」
わたしでよかったら、は口癖かなあ。
でもどうして、ぼくの名前を???
たいせつなことなら、もちろん付き合うけど。

「その前に、980円です」
きょとんとするぼくに事務的に、
「漫妻」
と言った。
ぼくは真っ赤になって、大慌てで、1000円札を渡した。

近所の公園。

アユと名乗るその人は、書類のようなものを取り出して、読み始めた。

「名前はヒトミくん。このストーリーの主人公ですね。」
オイオイ、ストーリー&主人公、ってどういうことだ?

「気は優しくって、根性なし」
ほっといてくれ!

「先日ついに、待ちに待った衝撃の初体験を果たす」
そうなんだよなあああうれしかったなあああ、って、誰に聞いたの?

さらに
「おかあさんの命を救うために」
そうなんだけど、そんなことまで、その書類に書いてあるの?

「いにしえからの一族の宿命と戦うことになる、らしいですね」
らしいのですか?ぼく???

「なかなかできないことです。すばらしいことです」
・・・ありがとう。

「つきましては、例の件ですが」
ぼくは何のことやらわからず、聞いてみた。

「例の件って・・・」
アユさんはあきれたような顔をして、
「このプロフィールにも書いてありますが、あなた、そうとうな鈍感ヤローですね」
鈍感ヤローですが、、、はい。
根性なしで、鈍感、つまり、サイテー、、、かも。

「では、復習しましょう」
はい。
「ストーリーは、次のようなことですよね」
、ってまた書類に目をもどす。
でも、さっきからでてくるストーリーってなんだっけ?

ぼくが?な顔をしたら
「わたしの話はつまらないですか?」
いえ、いえ、いえ。

「おかあさんがいま生命の危機にある」
そう。

「そんなとき一人の女性が現れて、さまざまな敵、カッコ女性カッコ閉じる、を撃破するカッコさきにイカせることカッコ閉じる」
ややこしいから、「カッコ」はいいですよ。

彼女はさらに読みすすめる。
「ヒトミくんは、初体験を通過して、一人前に女を知ったつもりになっているが」
スミマセン。

「まだ戦いは始まったばかり」
ちょっと油断してました。

「これからつぎつぎと、セックスの黒帯たちが現れます。用意はできてますか?」
・・・はい。ほんとは、いいえ。

「大切な母親を救おうとするヒトミくんの行く手を阻もうと、つぎつぎと襲いかかる女たち!」
サスペンスドラマのナレーション口調!他人事みたいにドキドキ。

「そして二人めの使者は、」
めがねの黒縁をきらり光らせて、じっとぼくの目を見た。

「わたし、アユ」

キターーーーーっ!!!!!!!!!