ボクキキⅣレイカ編1:人形の反乱。
「おはようございま~す」
午前8時にスタジオに入ると、学校の体育館くらいかなあ、の広い場所でたくさんの人が働いている。今日は、コマーシャルの撮影現場のバイトだ。
荷物を運んだり、お茶を替えたり、そういうことをすればいいらしい。
まず現場チーフみたいな人に指示されて、衣装を運ぶ。
ふだんなら、スタイリストさんだけで運べる量なんだけど、今日は特別なんだよ、と言う。なんかうんざりしたような感じ。
そのつぎは、大きな革張りのソファ。
そのつぎは、重いなあと思ったら、マッサージチェア。
そのつぎは、たぶん50インチ以上あるプラズマテレビ、Wiiとプレステ3付き。
なんだっけ、今日のバイト・・・引越し?朝錬を終えたみたいに、もうヘトヘトだ。
「バイトく~ん」
呼ばれた。
「は~い」
用事は、
「ちょっとコンビニでお茶買ってきて。でもクライアントの商品じゃなきゃダメだよ」
今日のクライアントは、飲料メーカーだ。
なるほど。タイヘンだな、大人の世界。
大きなペットボトル10本かかえてスタジオに帰ってくると、なんか雰囲気が、、、。
さっきまでの、仕事場らしい小気味いい緊張感が、イヤなピリピリムードに変わっている。原因は・・・あ、あの人だ。黒いスーツ姿のオバサン。タレントのマネージャーらしい。
やさしそう、って生まれてからいちども言われたことがないような、そんな顔。
「あなたがたは、今日誰と仕事をするのか、おわかりになってるの?」
ヒステリーとヒストリーは似てるな。なんとなく雑感。
細面。くちびるをとがらせた感じ。そうだ!キツツキ。
「大切なレイカ様がこのことにお気づきになったら、わたしがどんな目にあうと、」
このことって?
「スタジオ内禁煙って、申し付けたはず!」
ははーん、誰かが、一服しちゃったんだ。
「バイトく~ん」
チーフにまた呼ばれた。
「ファブリーズ買ってきて!」
ぼくが30本のファブリーズを買って帰ってきたら、全員で消臭大会。
よっぽど今日のタレントさんは、タバコがダメなんだな。
30分後、ようやくキツツキからOKが出て、あとは到着を待つばかり、、、なのに、
ぜんぜん来ない。ほんとうは11時にスタジオに入る予定が、12時、1時、
・・・まだ来ない。
みんなおなか減ったし、待ちくたびれた。
すると、「レイカ様、お入りになりまーーす」
スタッフのあせった声。
キツツキにも連絡がなかったみたいで、
「出るとき電話しろって言ったのに、、、あのBITCH!」
ってもらすのを聞いた。
大切なレイカ様、って言ってたくせに、ヤなオバサン。ウラオモテはダメだよ。
「ケータイのスイッチは、かならず切っておくことぉ!」
とあらたな指令が飛ぶ。
まもなく、タレントはお付きの人を10人くらい従えて、スタジオ入り。
おおきなサングラスで顔を隠していても、100メートル離れてもわかるくらい、不機嫌。おまけに、くわえタバコの歩きタバコ。って、あれぇ、タバコがダメじゃなかったの?
キツツキが思いっきり猫なで声で「レイカァ、おはようん、よく眠れたぁ?」
おはようって、2時だよ、午後の。
そのサングラスの子は返事の代わりに、タバコの煙をマネージャーに吹きかけて、
「おなかすいたんだけど」と言った。
「そうよね、おいしいもの食べないと、いい仕事できないわよねっ。
気が利かないわねー、今日のプロデューサー」
ニセモノのほほえみを浮かべたマネージャーのひと言で、いきなり、お昼休みになった。
バイトの楽しみは、なんたってお弁当だ。焼き魚。今日は紅ザケ。
あと、卵焼きと、ポテトサラダと、たらこと、野菜の煮物と、お漬物。
いただきます。うん・・・おいしい。大好物なんだ、サケ。
おかあさんが、よく焼いてくれた、、、おかあさん、が。。。ぐすん。
(おかあさん、元気になって、またお弁当つくってよ!)
箸を止めてうつむいてたら、スタジオ中に鳴り響く怒声。
続いて、なにかが壁にぶつけられて割れる音×8コ。
タレント控え室から、例のキツツキが飛び出してくる。
「お弁当の責任者出しなさいっ!」キレまくっている。
細い目が、10時10分の時計の針くらいに吊り上っている。
大事件の予感に、プロデューサーたちが、血相を変えて駆けつける。なんだろ・・・。
みんな、息をひそめて、遠まきに見ている。
「ネギよぉーーーーっ!」
ハァ?
「なんでネギが入ってるのよぉーーーっ!」
味噌汁の中のネギ?
「ネギが!ネギが!ネギが!ネギが!」
マネージャーは、ネギ!を100回以上叫んだと思う。
こういうことだ!レイカ様はネギがお嫌い、だそうだ。
だから、食事にはくれぐれもネギを入れないようにと言ったはず、だそうだ。
ネギアレルギーで死ぬ、というわけでもないなら、嫌なら食べなきゃいいだけなのに。
プロデューサーは、0.3秒で土下座できます、の前傾姿勢で控え室に飛んでいって、
あたまを味噌汁で濡らして戻ってきた。
「・・・でも、撮影はできそうだ」と、無理して笑って見せた男のほっぺたに、ネギ。
やっぱり大人はタイヘンだ。
(にしても、あの子、いったい・・・)
ようやくたどり着いた、撮影本番。
またここからひと騒動なんだよなー。ほんとに、こまったちゃん・・・。
コマーシャルのストーリーを一枚にしたものを、絵コンテというそうだ。
その絵コンテを、演出家が彼女に説明していると、突然(今日は突然が多い日だ)
ぎゃははははははははは、って爆発するように彼女が笑い出した。
こんどはなんだろうと近づいてみると、彼女、絵コンテを指差して爆笑中。
「だってだって、缶コーヒー飲んでハイタッチする?そんな人、地球上にいる?」
そこで急に笑いを消して、「バカじゃないの」おおこわ。
でも、たしかにヒドイ、このコマーシャル。
缶コーヒー飲んだ彼女が、あまりのおいしさに、友達とハイタッチする。
しかもそのときのセリフが、
“Congraturations!“ってねー、、、思わず、ぷぷぷ。
その笑い声に振り向いた彼女と、初めて目が合った。
印象と違う、濁りのないきれいな目だった。
すぐに、無視されたけど。まわりにいる大人たちに、激しくにらまれたけど。
彼女のケータイが鳴った。着メロは、「マイウェイ」だった。
・ ・・ピッタリかも。待てよ、ケータイ禁止じゃなかったっけ?
「うんうん、ダイジョーブ。いま?ムカつく仕事中」
そうか、ほかの人はタバコもケータイもダメで、彼女だけOKなのか。
ふ~ん、なるほどね。
「そう、バカばっかり」
悪かったね。
「今日はFUCKな仕事、明日もFUCKな仕事、あさってもFUCKな仕事」
スタッフみんなに聞こえよがしにしゃべりながら、また控え室へ戻ってしまった。
なんなんでしょ、ったく。。。
なーんにもしないうちに、また休憩時間。プロデューサーや代理店の人が、
彼女の説得に行ったまま帰ってこない。スタジオの空気が、重苦しくて、息苦しい。
気分転換に、オシッコしてこよっと、ってそれ気分転換か?
長い廊下をウロウロしているうちに、やべっ、、、も・れ・そ・う・だ。
そんなとき目に入った、TOILETの文字・・・助かった。
大急ぎでドアを開けると、いきなり便器、はいいのだが、、、
その上に腰かけてパンツもひざまで下ろして〇出しで→→→レイカ様!