ボクキキⅧ.ミカ編1:ヒトミの初恋。
ミカには、ひとめぼれ、だったわけじゃない。
大きくって、泣き出しそうな目。小さくって、カタチのいい鼻。かわいい口。
よく見れば、余裕で美形なんだけど、自己アピールに熱心なタイプじゃないようで。
でもいつか、気になるようになって。気になって気になって、しょうがなくなって。
出会ったのは、ファーストフードのアルバイト。
彼女が、いらっしゃいませ、のカウンターで、ぼくが、ハンバーガーのパテを焼いたり、ポテト揚げたりする仕事。
ミカは、頑張り屋さんだ。
若いバイトの子たち(ぼくもそうだけど)は、まじめに働くのが、バカバカしいって
思ってるんじゃないかな(ぼくはそうじゃないぞ)って感じ。
社員の人の目を盗んで、どうやってラクするか、いかにサボるか、その研究にむしろ熱心だ。でも彼女は、ラクも、サボりも、興味ない。
与えられた仕事をテキパキとこなし、時間が余れば、その他のこともやろうとする。
とくにみんながイヤがって後回しにする、ゴミ出しなんかも黙々とやってしまう。
そんなときの、彼女の顔がいい。
面倒くさそうでもなく、誇るでもなく、ただ自分の目の前が、キレイになっていくことを楽しんでるようなんだ。
ミカにお疲れさまって言うと、にっこり笑って、お疲れさまって返してくれる。
彼女が、ぼくの元気になった。彼女の顔を見ない日は、1日が10日に思えた。
でもまだ、それが恋と呼ばれるものであることには、気づかなかった。
彼女について、小さなことが、いつも気になった。
彼女が、バイト仲間(男)と楽しげにしゃべっているだけで、イライラした。
お客さん(男)に親切なだけで、アタマにきた。ポテトの塩を、多めにかけた。
そして、ぼくは生まれて初めての、重大な決心をした。
勇気を出して彼女を、誘ってみるのだ。お茶だけど。
バイトの上がりの時間が同じ日、思いきって、
「今日終わったら、お茶しない?」と言ってみた。
緊張で自分の声じゃないみたいだった。
前夜、なんどもなんども練習したのに、それ言うだけで、心拍数の針は振り切れた。
でも、
「ごめんなさい、約束があるの」
10秒で、終了。
またある日、
「つぎのお休み、渋谷でも行かない?」
「ごめん、予定が」
5秒で、KO。
男の意地で(もしくは、未練で)またまたある日、
「来月、いつでもいいんだけど、ランチってできない?」
そしたら、
「ごめよて」
それ日本語か?の1.5秒で、秒殺。
ぼくはと言えば、
「そうだよねー、来月は寒いかも知れないしねー」
えへへへへ、と、ミジメな一人笑い。。。つら。
そりゃ、鈍感なぼくだって、完璧に拒絶されていることくらいわかるよ。
たぶん、彼氏がいるんだ。そして、そいつの束縛がきついんだ。
「今日誰と口をきいた?」「バイトの人たちと」「なんかイヤらしいこと話したんだろ?」
「そんなことしてないわ」「ウソつけ!このちいさなお口は、汚れているんだ。
オレのハードスポンジで、掃除してやる、さあ口を開け」「お願いします。わたしのお口に、ハードスポンジを突っ込んでください」
なんてことやってるんだああああああああああああああああ。
くやしいいいいいいいいいいいいいい。
妄想で、タッちゃった。。。ミジメなミジンコ。。。
ああ、ほんとうに好きになっちゃったんだ。
フラれたのも、それどころか、その段階にもたどりつけてないのも、わかってる。
ただ、上手に引き返す方法が、いまのところ、見つからない。
悶々としながら、いい加減あきらめないとストーカーになっちゃうな、ってころ、その事件は起きた。
バイト終わって、てくてくと夜の街を駅へ歩いているとき、ミカと出会った。
一人じゃない。ぼくの知らない男二人と。なんだよ、ぐすん。
でも、いちばんの問題は、彼女も彼らを知らないことだ。
つまり、酔っ払いサラリーマンに、からまれているみたいなのだ。
うわーーーーどうしよう、、、なんとかしなきゃにんとかしなきゃぬんとかしなきゃ、
ってこれがうまくいくおまじないだったらいいんだけど、じゃないんだから、もう、
って・・・ヒトミ、パニック中。
「ねーちゃん、意外とええ乳してるなあ」
って、おっさんサラリーマンが彼女の胸に触ろうとする。
ぼくの好きな人になにするんだよー、って怒りに震えながらも、目は胸にくぎづけ。
(バイトのときは、ユニフォームに隠れてるけど、ほんま、意外とええ乳や)
なぜか、関西弁。
もう一人の、やや若手サラリーマンが、
→課長ばっかりずるいなあ、そや、課長が右の乳、ぼくが左の乳、でどうでっか?
→なに言うてるねん、会社は年功序列、わしが定年なってから触らんかい、
→年功序列は崩壊じゃ、会社のビル出たらオマエは単なるおっさんやっ!
→よう言うた。今期ボーナス、50円
→それは職権乱用あんまりやあ!
なんてもめ始めたから、よし、いまだ!
大またで、一歩二歩三歩。(人から見たら、硬直しきったブリキの兵隊)
こういうとき、どうぶちかますんだっけ?ケンカしたことなんて、ないもんなあ、
たしか、「俺(漢字気分)の女に手を出すな!」とかだったような、
コミック「いまさらツッパリ男子校暗証番号は4649」で見たような。
おおきくひとつ深呼吸をして、思いっきり目と眉を、男前にに吊り上げて、「オイッ!オマへら!!」
、、、ちょっと失敗。
それでも、全員(含、ミカ)が一斉に振り向いた。
や否や、as soon as、ぼくは叫んだ。
「俺(漢字気分)の女に手を出すな!」
って言った、つもり、だったんだ。。。
なのに0.3秒のミュートののち、大爆笑。
あらま、ミカも笑っている。意外とええ乳も揺れている。
どうやら、ぼく、緊張のあまり、
「オラの女に手を出すなー」って叫んじゃったようなのだ。
やっちゃった、、、ってこと。大爆笑の後は大乱闘、but、一方的。
生まれて初めて、人に殴られた。鼻血出ちゃったし、口の中も切れた。
けっこう痛いもんだな、リアルは、痛いよ。
これまで、人生、あんまりリアルじゃなかったもんな。
でもそんなこと、どうでもよかった。
彼女が、ごめんねとありがとうを交互に繰り返しながら、ぼくのくちびるの血を、自分のハンカチで拭いてくれている。
彼女がそのハンカチで口を拭いたことがあるとすると、かなり距離はあるが、ある意味、間接キス!
しかもぼくの背中に、意外とええ乳が、むぎゅっ。
お気に入りの上着が破けたのも、それから1週間固形物が食べられなくなるのも、どうでもよかった。くちびるの血が、このまま止まらなければいいのにと、本気で願った。