コトバのコトバ

ボクキキⅧ.ミカ編2:天国から地獄。

そして、ついについについに、初めてのデート。
バイト代も出たので、今日はちょい高級イタリアン。
実は、ツバサさんにつれて来てもらったところ。
ほかの女の人と来たところってどうかなあ、とは思ったけど、ほかに知らないから・・・ごめん。

でも、やっぱり、会話がはずまない。彼女は、ずっとうつむいてばかり。ぼくは、話題もなく、話術もなく、好きな女の子すら楽しませることができない自分が、つくづく情けない。パスタも伸びた。キャンドルの火が、今にも消えそうに、弱々しく揺れている。

(やっぱり、そういうことなんだろう、きっと)

「今日付き合ってくれたことは、とてもうれしい。いまだって、夢のようだよ。
でも、もし、たぶん、そうだと思うけど、あの日のことの恩返しとか考えてくれているんだったら、無理しないで。こうやって会えただけでも、ぼくは幸せだったから」
彼女は、しくしく泣き出した。
・・・この店では、よく泣かれるな。

「そんなことない!わたしは今日の約束を、約束したときからずっと待っていた。
昨日だって、夜中まで、なに着ていこうって、とっかえひっかえ服を着たり脱いだりして、やっと決まって、これでやっとヒトミくんに会えるって寝たんだけど、わたしって、バカ」
なにがバカなの?

「靴のことを考えるの、忘れてた。うちを出るとき、ぜんぜん合ってない、って気づいて、でももう手遅れ」
それ、かわいい靴だと思うけど。

「ほんと、失敗。さっきから靴のことばかり気になって、、、ごめんなさい」
なんだ、だから、うつむいてばかりいたんだ、ああよかった、
って意味で、ちょっと笑ったら、

「ヒトミくんは、女心がぜんぜんわかってない!」
あれれ、叱られた。。。

「いちばんキレイな自分を見て欲しいって気持ち、わかる?」
わかるようで、わからないようで。。。

「ごめん、でもね、ぼくには靴よりもキミなんだ」
パニクると、ヘンなことしゃべる傾向あり。ぼく。

「キミがいるから、靴があるんだ」
意味不明。

「ぼくはキミの靴を、温めてあげたいんだ」
木下藤吉郎。ますます意味不明。

「ぼくも今日靴下が、左右バラバラなんだ」
これは、事実。

ようやく彼女、くすって、笑ってくれた。

「キミを悲しませる靴なんて、脱いじゃおうよ。シンデレラだって、裸足で帰ったんだよ、って、ぼくの提案、おかしい?よね」
「すてきな提案だわ」
よかった。

「でもね、シンデレラはイヤ」
強い口調。
怒ってる?また、ぼく、余計なことを?

「わたしは今夜、12時になっても、帰りたくない」
???

「わたし、ヒトミくんと、ずっと一緒にいたい」
!!!

「わたし、ヒトミくんが好き」
ほぼ、気絶した。
遠ざかる意識の端っこで、彼女の声が響いていた。

「好き、でもそれを言うわけにはいかなかった・・・。もう怖がらない、わたし、ヒトミくんが好き」
「ぼくも、ぼくもだよ、ぼくもキミのこと・・・」

あ、電話だ。ケータイが、ポケットの中で、ぶるぶる振動している。
いいときなのに、ったく。。。
しかも、非通知。・・・きわめてイヤな予感、悪寒。

ごめんちょっと、と席を立って、電話に出ると、この声は・・・。
「ダメよ」
キツネだ。
今回は、登場が早いですね。

「ダメよ、好きになっちゃ」
「なんでですか?人を好きになることは、すばらしいことだって、モモコさんも言ってました!」

「状況を、考えなさい。キミがすべきことは、恋じゃなくて、戦うこと」
、、、そう、だ、けど。

「女たちは、甘い恋の相手じゃなく、乗り越えなければならない存在のはず」
「でも、ミカは、」
ぼくの声をさえぎるように、

「彼女も、キミの前から消えていく女、いいえ、キミが消さなきゃいけない女」
「それは、いったい、、、」

プープープー・・・切られた。

彼女は、、、まさか、彼女が。。。
テーブルで、彼女は待っていた。よかった、消えるわけないさ。

「いま、電話があったでしょ?」
ぼくはなんとかごまかそうとして、
「うん、なんか、意味不明」
でも彼女は、
「いいえ、意味ははっきりしている。つまりわたしが、例の女だっていうこと」
キャンドルが消えた。

(暗転)

重いムードが、ぼくたちを覆っていた。なによりも重いのは、自分の気持ちだった。
天国から地獄とたとえるには、天国滞在時間が短すぎた。
ケータイが、トラウマになりそうだ。

彼女が、ぼくの誘いにつれなくし続けた理由も、わかった。彼女も、いや、彼女のほうが、もっと辛かったんだろう。すべてを抱え込んで、ひとり耐えていたんだ。ミカは、さっきからずっと、泣いている。

「参照→教訓③とにかく自分で動くのだ」
ぼくが、動くのだ。

あの神社の夜から今日まで、いろんな苦難があった(ぜんぶセックス関係だけど)。
ぼくは、強く鍛えられた(ラッキーもあったけど。~第2話参照)。
自分の力で、乗り越えてきた(ファンタジスタの力も借りたけど。~第5話参照)。

不可能なんてない、渡れない川なんてない、叶わない夢なんてない、止まない雨はないし、濡れないアソコ、じゃなくて、ラズベリーなんてない。そう信じたいし、いまのぼくには、そう信じられる。

「さき越されちゃったな」
ぼくは、笑顔で言ってみた。

「ぼくは、キミが好きだ。大好きだ」
ミカが、目に1リットルくらい涙をためて、ぼくを見ている。

「ミカが、例の女だとしても、例の女がいったいなに者なのかも、ぼくはどういうストーリーの中で、どういう役柄を与えているのかも、実はぼくにはわからない。ぜんぜん、わからない」
ミカは、じっと聞いている。

「ぼくはずっと、そうだった。なにが起こっているかも、だれも教えてくれなかった。
ただ言われるままに、生きてきた」

レスランには、もう誰もいない。真夜中のような、静かさだ。

「でも、いまは違う。もう、引き返さない!この気持ちを、どうすることも、できない!」
ミカが、ようやく口を開いた。
「わたしは、初めてヒトミくんに会ったときから、好きだった。昼会えたら一日幸せで、夜会えたら必ず夢に見た」
・・・うれしいな。

「ヒトミくんが、勇気を出して誘ってくれたとき、小躍りしそうになった」
「勇気を出して、って、わかった?」

ミカは、にっこり微笑んで、
(ぼくのいちばん好きな顔だ)

「だって、声が裏返ってたんだもの」
はずかし。。。

「しかも、わたしの名前間違えてるのよー、ミキさン、こ・コ・コン夜、予テイは、、、
って」
あーもー、アナがあったら、入りたい、、、って、いや、そういう意味じゃなくて。

「ミキって、だれ!?」
怒ってる?ミキミキミキミキミキ・・・だれ、だっけ?

「、、、ごめんなさい」
ぼく、ちっちゃくなっちゃった、って、いや、だから、そういう意味じゃなくて。

ミカは、さっきよりおおきく微笑んで
(ぼくの、2番めに好きな顔)、

「冗談。ヒトミくんって、おもしろいね」
ホッ。
「そういうところも、好き」
ドキッ。

もうすっかり、「相思相愛の幸せなカップル最初のデート」の会話だ。よかった。

「ヒトミくんって、どんな子供だったの?」
「ふつうだと思うよ、人と較べたことないけど」

「兄弟は?」
「いない」

「ご両親は?」
「おかあさんだけ。おとうさんは、ちゃんと記憶にないんだ。
手のぬくもりとか、ぼんやりした輪郭は、うっすら覚えてるんだけど、顔がのっぺらぼう」
ミカは、ぼくのぜんぶを知りたがってる。

「わたし、おかあさんに似てる?」
まったく、似てない。面影も、求めてはいない。自分でも、それは新鮮だった。
マザコン卒業、か?って言うか、ヒトミ、マザコン、カミングアウト?

「わたしでいいの?」
「ミカがいい。ミカで、じゃなくて、ミカがいい!ぼくは、胸を張って言える」
「あ・り・が・と・う・・・」

「だから今夜、キミを、帰さない」
似合わないけど、こんなセリフ。。。言っちゃった。

「ぼくは、どんな逆境にも立ち向かえる、その覚悟で、言っている」

さあ、答えてくれ。ミカ。

「わたしも、その覚悟がなければ、ここにいない」

イタリアンレストランを出たぼくらは、まっすぐにホテルへ向かった。